『 My Boy ― (4) ― 』
§ プロジェクト X ( 承前 )
「 お母さん!! 」
少年は虚空に向かって 声を張り上げた。
たったいま そこに彼女の姿が消えたのだ ・・・
「 ・・・ !? ジャック ・・・ あの方は リナさんは あなたのお姉さんじゃ・・・ 」
フランソワーズは少年の肩に手をかけた。
「 ううん あのヒトは僕のお母さんです。 遺伝上の <母親> です。 」
「 遺伝上 の? 」
「 はい。 」
少年は振り向くとじっとフランソワーズを見つめた。
・・・ な に ・・・? わたし ・・・ この瞳、 知ってる・・?
とっても懐かしくて ・・・ きゅん・・・ってなって
ジョーの瞳 とは違うのに。 身体の芯が震えるの・・・
このコ・・・ この笑顔 ・・・ な・・・に ・・・?
「 あ あの ・・・ でも やっぱりお母さん、なのでしょう? 」
どきん、と胸をうつ眼差しから フランソワーズはさり気なく視線を外した。
「 はい。 」
彼はしずかに頷くとまた少しだけ微笑んだ。
「 ・・・ ジャック ・・・ 」
「 僕の遺伝子の半分は彼女から貰ったものです。
僕たちは 予め検査選別された遺伝子を貰って誕生します。
すべてプログラムされ計画通りに <生まれる> のです。 」
「 ・・・ それ ・・・って。 人為的に、ということ? 自然出産では なく? 」
「 はい。 すべての生命は そうして生まれます。
それによって社会の秩序と ぼくたちの世界全体を守っているのです。 」
「 え ・・・ じゃあ あの。 ヒトはそうやって生まれてくるの? ジャックがいる世界では 」
「 そうです。 それが普通で ・・・ 自分自身の親のことは知りません。
でも僕は母に お母さんに 会うことができたんだ・・・ 」
「 親を ・・・ 知らない・・・? 」
「 ええ。 だから ・・・ 母は極秘で会ってくれました。
それで表向きは 姉さん ってことにしていたのです。 」
「 ・・・ そんな ・・・ あなた達 ・・・ 誰?? どこから来たの!? 」
フランソワーズは がくがくと脚が震え二三歩後ずさった。
「 驚かせてしまったですか ごめんなさい。 」
「 ・・・ い いえ ・・・・ でも あの・・・なぜ? なぜそんな誕生のプロセスなの?
だって リナさんもあなたも ・・・ わたし達と変わらない普通の人間だわ。 」
「 普通の人間 ― そう見えますか。 」
「 ・・・ どういうこと? 」
「 母は 片腕を持たずに生まれてきました。 僕たち、皆・・・多かれ少なかれ心身のどこかが
変化してしまっています。 ・・・ 僕達以前の < 時代 > の戦争と環境の破壊とか・・・
様々な要因が重なったって聞いてます。 」
「 ・・・ それじゃ 人為的に生命の誕生を操作してもなお ・・・
その・・・過去の影響から逃れることはできなかったの? 」
「 はい。 どんなに足掻いても ヒトは自然の摂理には勝てない・・・ 」
「 そんな ・・・ そんな ・・・
で でも ジャック。 あなたは? あなたは ・・・ わたし達と少しも変わらないじゃない! 」
「 はい。 僕は ― 」
「 え? あ ・・・ まって?? なにか脳波通信に ! 」
「 ええ ?? 」
「 ・・・ ええ ええ わかった、了解! すぐに行きます! え? ああ ・・・ 」
フランソワーズは低く呟いていたが すぐにがっかりした顔になった。
「 ど どうしたんですか。 」
「 今 ジョーから通信が入ったのだけれど ・・・ 途中で途切れてしまったの。
でも場所はだいだい特定できそう。 行くわ! 」
「 僕も! 僕も行きます! 」
「 ダメよ ジャック。 危険だわ。 」
「 僕は 母を助けなくちゃ。 連れて行ってください! 足手纏いにはなりません! 」
「 ジャック ・・・・ くふふ・・・ 」
「 ?? な なんですか? 僕、なにか可笑しなコト言いました? 」
フランソワーズの小さな笑みに ジャックがちょっと怒ったみたいな顔で聞いた。
「 あ ううん ううん。 ごめんなさい・・・
だってね ・・・いつもと逆だなあって思ったら可笑しくて。 」
「 いつもと 逆? 」
「 ええ。 いっつもね、 ジャック、あなたの言ったせりふはわたしのモノで
だめだ、君は待機していろ!っていうのがジョーなのよ。 」
「 あ ・・・ は ・・・ 」
「 ふふ・・・ なんかね、あなた、ジョーに似てるのね。
どこが・・・って上手く言えないんだけど。 そうね、雰囲気とか後ろ姿とか。 」
「 そ そうですか・・・ 」
「 ええ。 さあ 行きましょう! データは彼がギリギリで送ってくれたわ! 」
「 はい! 」
二人は張々湖飯店から駆け出すと 車に飛び乗った。
― 再開発地区に建つ高層ビルの一室 ・・・
黒づくめの男たちが 項垂れ立ち尽くしている。
その前を やはり黒装束のオトコがいらいらと足音たかく行き来する。
「 ・・・ ふん。 随分と派手な騒ぎを巻き起こしてくれたものだな! 」
「 ・・・・・・・ 」
「 摩り替わり は秘密裏に、と言ったはずだ。
騒ぎを起こしたり 同胞を取りこぼしたら何もならんということがわからんのか! 」
「 司令官。 私は無事ですから。 」
「 しかし ・・・ 」
「 幸い 気がついたものはあまりいません。 <彼ら> だけです。 」
「 うむ。 ― あの青年を連れてこい。 」
司令官、と呼ばれた男は全身の半分を黒で覆っている。
「 ・・・ わかりました。 」
彼の側に控えていた部下が出ていった。
「 ・・・ こんなことをしている間に ・・・ 」
隅に固まっていた黒づくめ達の間から低い声が漏れる。
「 なんだ? 言いたいことがあればはっきり言え。 」
「 ・・・・ あなたのやり方は 手ぬるい! 時間が掛かりすぎてしまう。 」
「 そうだ! のんびりしている時間はないはずだ 」
「 ― では大騒ぎを起こしてコトを構えるのか? この時代でも抵抗は必至だ。
そうして大殺戮で成功する確率は高いというのか! 」
「 それは・・・ やってみなければ 」
「 やってみて失敗した、ではすまされんのだ。 もういい、おい! コイツらを連れてゆけ。 」
「 は! 」
「 ・・・ったく どいつもこいつも ・・・ 焦ってもなにもならんのに・・・ 」
彼は自嘲気味に溜息を吐く。
「 皆 ・・・ 待ちあぐねているのよ。 皆 ・・・ この空と大地の下で暮したいに決まっているわ。 」
「 リナ。 君も か。 」
「 ええ。 ・・・ ノア。 あなただってそうでしょう? 」
「 ・・・・・・・・ 」
司令官はちらり、と彼女に一瞥を与えるとシールドを施した窓に近寄った。
「 ・・・ 空と 大地 か ・・・ 」
「 ・・・ ノア。 」
「 ― 指定の捕虜をつれてきました。 」
部下の声が背後から飛んできた。
「 ああ ご苦労。 その椅子に座らせてくれ。 」
「 はい! 」
部下は 赤い特殊な服を着た青年を運びこむと隅の椅子に掛けさせてた。
彼は目を閉じたままぐったりとしているが ― 顔色は悪くない。
「 ・・・ それではお目覚め願うかな。 」
「 はい。 ・・・ごめんなさいね ジョー。 」
リナは手に持った小さなメカを青年の顔の前に翳すと パチン と作動させた。
「 ・・・う ・・・ う〜〜〜ん ・・・・ 」
彼はゆっくりと身じろぎすると 薄く目を開けた。
「 ・・・ ふん。 眠らせて監禁しておくってのはいい手だね。
脱出は不可能だからな ・・・ 」
「 ジョー ・・・ ごめんなさい 乱暴なことをして。 」
「 リナさん ・・・ 貴女はやっぱりアイツらの仲間だったのですか。 」
「 ・・・ そう ね。 ごめんなさい。 」
「 君にはきちんと説明をした方がいいな。 」
「 ・・・? 誰だ? お前は・・・ 」
「 彼は私たちの司令官よ。 ジョー? 身体は動く? 」
「 ・・・ええ なんとか。 パラライザーですか? 痺れがまだ残っているけど 」
「 すまんがもう少々我慢してくれ。
挨拶が遅くなったな。 私はノア。 この計画の発案者だ。 」
「 僕は島村ジョー。 そもそも貴方達は ・・・ ナンなんだ? そして どこから来た? 」
「 ― これから話すことを 信じようが信じまいがそれは君の自由だ。 」
「 ・・・・? 」
「 無理に信じろ、とは言わないわ。 ・・・でも信じてほしい。 」
「 リナさん。 それは聞き終わってから判断します。 」
ジョーは少し身体を起こした。
「 了解だ。 先ほど 君は仲間達と超スピードで時間旅行をしてきた、といわれただろう? 」
「 ええ。 ・・・ とても信じられませんが。 」
「 ふむ。 ― これは我々にとっては 遠い昔話になる ・・・ 」
司令官は 静かに語り始めた。
― コトン。
「 ・・・・あ? 」
リナがジョーの前にカップを置いた。
長い 長い話を聞いていたところだったので ジョーはすぐに反応ができない。
「 ・・・あ あの ・・? 」
「 どうぞ? 一応コーヒー ・・・ ジョーみたいに美味しくは淹れられないけど。 」
「 身体の痺れは消えたはずだ。 自由に動いてくれてかまわない。 」
「 ・・・・! 」
ジョーはゆっくりと手を握ったり開いたりしてみた。
「 本当だ・・! メカ部分も正常に稼働している らしいな。 」
「 別段 君を <壊す> 目的ではない。 ― そんな愚かなことをするはずはないしな。」
「 ??? 」
「 ともかく ― 諸君には驚愕の事実だろうが 我々には既に起こってしまった過去なのだ。 」
「 ・・・・ わかったよ。 君達の <過去> が 我々の未来と繋がっているってことは
よ〜くわかったさ。 だが ― 」
「 ふむ? なんだ、はっきり言いいたまえ。 」
「 む ・・・ じゃあ 言うが。 割り込みは お断りだ! 」
「 なんだと? 」
「 君たちの事情はわかったさ。 <移住>以外生存の方法がなかった、という点も な。 」
ジョーは腕を動かすのを止め、じっと司令官を見据えた。
「 だが。 現代の ― 我々の時代に 無理矢理 <割り込んで> くるのは許せない。 」
「 ほう? それは理解を得られずに残念だったな。
最後の手段なので 我々は強行させてもらう。 いや、すでに着々と進んでいるのだ。 」
「 な なんだって?! それじゃ ・・・ 」
「 ああ。 我々がこの地域に <本部> を構えたように各地で成功しつつある。
なにせ 都会の人混みこそが絶好の隠れ蓑だからな。 」
「 くそ・・・! あんた達は自分さえよければそれでいいのか! 」
「 ほう? そんなことを言う権利が君達、この時代の人間にあるのか?
我々の <結末> の元凶となったのは一体誰なのか! 」
「 司令官。 それに ジョー。 アナタの言い分もわからないではないわ。
でも ・・・ 私たちにはこれしかなかった ・・・ 生き延びる手段は これしか ・・・ 」
「 リナ さん ・・・ だけど! それならなんでこの時代を選んだ?
こんな 人間が密集している時代に割り込んできたのか?
隠密に移住したいのなら もっとこう・・・人間の数が少ない時代を選べばいいじゃないか。 」
「 ・・・ ジョー。 それは 私達も検討したわ。
ヨソモノでもごく自然に溶け込めたのんびりした社会 ・・・ 未開拓の土地が広がっていた頃・・・
まだまだ入り込む余地のあった時代 ・・・ 」
「 そうさ。 アンタ達は 時代を間違えたんだ! 」
「 当然検討はしている。 しかし今現在は ― これが限界なのだ。 」
「 ― 限界? 」
「 そうだ。 我々は栄光の時代へ脱出するための プロジェクト X に取り組んでいる。
しかし我々の出発点からだと この時代がタイム・ジャンプの限界だったのだ。 」
「 ・・・タイム ・ ジャンプ か ・・・ 」
「 そうだ。 最初の核兵器使用時と最終戦争との間 ― この時代が な。 」
「 ・・・・・・・・ 」
「 納得したのなら またしばらく大人しくしてもらうぞ! つれて行け! 」
隅に待機していた兵士が 再びジョーを拘束しようと近寄ってきた。
「 ・・・ ちょっと 待って。 司令官。 少し気になることがあります。
少々 調査しようと思います。 彼の身柄をお預けください。 」
「 リナ。 それは構わないが ・・・ 」
「 すぐに完了します。 彼を ― B-33 へ 」
「 は! 」
「 ・・・・・・ 」
ジョーは兵士に引っ立てられ その後をリナがゆっくりと歩いていった。
§ 3 : 1 ? 捕虜交換
「 ・・・ こっちよ! 」
「 はい。 ・・・・ ここ は・・・・ 」
フランソワーズは車を少し離れたパーキングに置くと ジャックを連れて歩き出した。
周囲は 再開発地区、 超高層ビルが立ち並び合間には人工の緑地帯がひろがる。
― 一見 整然として穏やかな地域にみえる のだが。
「 この辺りで ・・・ 消えてしまったの。 」
「 ジョーさんの 脳波通信 ですか。 」
「 ええ。 ジャック、この近辺に見覚えはない? あなたが <居た>ところ・・・・ 」
「 ・・・ すみません。 僕 ・・・ いつもオマケ扱いで・・・お母さん いえ 母の後を
付いていただけなので ・・・ 」
「 そう・・・ それじゃ こちらから乗り込んでゆくわ! 」
「 ・・・だ 大丈夫ですか? 」
「 やってみなくちゃわからないでしょ! さあ うんと目立つのよ。
ここにわたし達がいるんだって 知らせるの。 」
「 あ は はい・・・ 」
「 じゃ いい? わたし、ぴったりくっつくから! ジャックは肩・・・ううん、腰にて腕を回して! 」
「 ・・・え あ はい ・・・ 」
ジャックはフランソワーズに抱きつかれ 真っ赤になっている。
「 な〜にを赤くなっているの? そうね・・・ ジャックのママンだとおもって? 」
「 ママン ・・・ お母さん ・・・ 」
「 そ。 一緒にヨコハマを散歩していたのでしょう?
リナさんってお若くて綺麗で ・・・ ジャックみたいに大きな息子がいるとは思えないわよね。
ステキなママンでいいわね 」
ともかく二人はぴたり、とひっついて 歩き始めた。
「 ・・・ あのぅ・・・歩き難くありませんか? 」
「 いいの。 よれよれゆきましょ。 わたしたち、らぶらぶなんだから。 」
「 ら らぶらぶ・・・?! 」
「 あ ごめんなさい。 ママンに甘えてると思って? なにかおねだりしていてもいいわね。 」
「 ・・・僕。 あの時が初めてだったんです。 その・・・お母さんと出かけるの・・・ 」
「 ― え??? 」
フランソワーズは 思わず脚をとめ、彼の顔をみつめてしまった。
「 初めて?? 」
「 はい。 このプロジェクトが始まって ― 母と会うことができました。
いえ・・・ 母が僕を探し出して名乗ってくれたのです。 」
「 名乗って・・・って・・・ 」
「 僕たちは遺伝子上の<両親>については知らされません。 」
「 ・・・ そう なの ・・・ 」
「 でも 母はそっと僕に教えてくれて・・・あの日、 <外> に一緒にでかけました。
すごく ・・・すごく楽しかった ・・・! 」
少年は幸せな笑みを浮かべ ちょっと目を瞑った。
「 そう ・・・ よかった・・・ よかったわね! ジャック・・・! 」
フランソワーズがいきなり彼に抱きついた。
「 ? え あ ・・・ あわわわ〜〜 」
「 ジャック! ねえ ジャック! 幸せにならなくちゃ・・・ ね! 」
「 あ は ・・・ はい・・・ 」
少年の腕がおずおずとフランソワーズの背中にまわされる。
「 ・・・ どんな事情があってもわたし、ジャックが好きよ。 ええ 大好き。 」
「 ふ フランソワーズ・・・さん ・・・・わわわ 」
「 ・・・ ・・・・・ 」
フランソワーズはジャックと唇を重ねた。
「 ・・・ ごめんなさい びっくりした? 」
「 え あ ・・・ええ あの・・・ 」
「 ふふふ ママンのキスだと思ってね? 」
「 ・・・ う ・・・ お母さんってこんなキス、しますぅ?? 」
「 うふふ〜 まあいいじゃないの。 だってジャックってば可愛いくて・・・ 」
「 か 可愛い? ・・・ 僕 これでも一人前だと 」
「 もうちょっと大きくなったらネ、坊や。 」
「 あ〜〜 もう〜〜 坊やって ・・・ あ。 なんか僕たち、目立ってるみたいですよ? 」
「 そうね それでいいのよ。 じゃあ べたべたしながらパーキングまで戻りましょ。
なにか <お誘い> があるかもしれないわ。 」
「 そうですね うわ〜 そんなに熱くひっつかないで・・・ 」
「 ママンだと思ってって言ったでしょ、 mon petit ( my boy ) 」
「 ・・・ フクザツな気分・・・ 」
ひそひそ呟きあっている二人、他所からみれば甘い言葉を囁きあい抱き合っている風に見える。
じろじろ見る輩もいるし わざと無視をして二人を避けてゆくヒトもいるが
ともかく 目立って いることは確かだ。
・・・ ちょっと反則っぽいけど ・・・
ともかくわたし達、 ここにいるのよ! 見つけてね!
フランソワーズに引っ張られるカタチで ジャックは何とか車まで戻ってきた。
「 さ あとは 待ち ね。 」
「 待つ? なにを ・・・ 」
「 ― 今にわかるわ。 そうねえ ・・・ 三対一、じゃ気が進まないのかしら。 」
「 ??? 三対一?? 」
「 いいのよ、ジャックは知らなくても。
それより あなたの <世界> の話をして欲しいわ。 」
「 僕たちの ですか 」
「 ええ。 ・・・それはわたし達が知らなければならないこと、でしょう? 」
「 ・・・ はい 」
「 リナさんは わたし達に迷惑がかかる、と言っていたけど。
ふふふ・・・もうしっかり巻き込まれているから遠慮はいらないでしょ。
心の準備は出来ているわ。 話して ・・・いえ、教えてください。
真実をまっすぐに見つめるのは勇気がいることだけど でも必要なことよ。 」
「 フランソワーズさん ・・・ 」
「 ね? 本当の勇気って ― どんな時にも逃げないことだと思うの。 」
「 わかりました。 ・・・僕が知っている限り お話します。 」
ジャックは 一旦言葉を切り、しばし考えこんでいたが やがてゆっくりと語り始めた。
「 リナ。 ― みつけたぞ。 」
「 え? ・・ ジャックを? どこにいるの? 」
モニターを覗き込んでいた司令官が 姿勢を変えずに言った。
リナは転がるように駆け寄ってきて 画面にかじりついた。
「 これを見ろ。 この女性と一緒にいるのはジャックだ。
・・・彼女を死っているか。 」
「 ・・・・ はい。 その女性は ・・・ あのジョーの仲間です。 」
「 ほう・・・? それは好都合だな。 」
「 ?? 」
「 ふふん ・・・では捕虜交換、とゆくか。 まあ ・・・ 3対1では少々分が悪いが 」
「 ジャックが ジャックが戻ってくるのなら 」
「 うむ。 ・・・・アレは稀にみる完全体だからな。 」
「 ・・・ 理由はそれだけですか。 」
「 他になにかあるといのか。 」
「 ― わかっていて仰るのですね。 司令官 いえ ノア。
アナタは ・・・ ジャックの半分をつくったヒトなのに ・・・ 」
「 確かに。 だがそれが なにかね。 私はただの遺伝子提供者だ。 」
「 なに・・って ジャックはアナタの 」
「 有用なものは断固確保し利用する。 それが我々の方針だ。 」
「 わかっています。 ― でも貴方には ・・・ 」
「 ただちに捕虜交換の交渉に入れ。 」
司令官は命令をくだすと 踵をかえして部屋から出ていった。
「 ・・・ 了解しました ・・・ 」
・・・ 本当になんとも思っていないの ・・・
アナタは ・・・ こころまで人間らしさを失ってしまったの・・・・
リナは閉じたドアをじっと見つめていた。
【 いらっしゃいませ。 どちらに御案内いたしますか。 】
超高層ビルのオフィス棟に入ると にこやかな声が飛んできた。
「 ・・・ ああ 監視カメラと連動しているのね。 38階へ。 」
【 お名前を伺います。 お連れの方もお願いします。 】
「 ですって。 ジャック、あなたの苗字は? 」
「 ・・・ ないです。 ジャック、と書いてくだされば ― わかります。 」
「 そう? それなら ・・・・ 書きました。 はい、どうぞ。 」
【 ・・・・・・ エレベーターへどうぞ。 】
「 ほうら ご招待よ。 行きましょう、ジャック。 」
「 フランソワーズさん すごい! 」
「 ふふふ ・・・わたしだって 003 なのよ。 こういうコトには馴れているってこと。 」
「 ・・・ フランソワーズさん ・・・・ 」
「 こちらの方々もわたし達のこと、解っているのね。 だからさっき<招待状>が
わたしの脳波通信に割り込んできたってわけよ。 」
「 僕 ・・・ 僕が一人で行けば ジョーさん達は返してくれる約束ですよね。
あとは 僕に任せて フランソワーズさんは帰ってください。 」
「 ジャック?? なにを言うの! 」
「 これ以上 ・・・ あなた達を巻き込みたくないんだ。
僕は ・・・ 皆を説得します。 僕たちのやり方は 間違っている・・・! 」
「 ジャック。 さっき言ったでしょう? 私は 003、足手纏いになんかしないでよ。 」
「 フランソワーズさん ! 」
エレベーターが軽いショックをうけて停まり ― ドアが開く。
「 でもここは ・・・ ここからは ― 僕が先にゆきます。 」
ジャックは一歩踏み出した。 そこは一見 なんの変哲もないオフィスのロビーだったが・・・
「 僕はここだ! さあ 捕虜のヒトたちを連れてきて! 」
「 ・・・ ジャック ・・・ 」
「 貴女が教えてくれたでしょ? 僕だって ― 」
「 頼もしいわ。 ふふふ・・・前言取り消すわ。 」
「 え 」
「 <坊や> じゃないわね。 戦友として頑張りましょ! 」
「 ― はい! 」
二人は油断なく周囲を見回し ― 003は <能力> のレンジを最大限にした。
「 ・・・ わからない ・・・ 見えない 」
「 ここのシールドは ― この時代の技術では看破できないと思います。
僕です!! 入れてください! 」
「 待っていたぞ 」
「「 え ・・・・! 」」
中空から声が降ってきた ― 同時に周囲が一変した。
ありふれたオフィスのロビーは消え去り 奥行きのしれない広い空間が現れた。
「 ― 司令官! 」
「 < ´ > ( ダッシュ ) 奥へゆけ。 お前の処分は後だ。 」
「 待ってください。 ひと言 申し上げたいことが ! 」
「 命令に従えないのか! 」
「 司令官。 私からもお願いします。 」
「 !? おかあさ ・・・ いえ リナさん! 」
「 お帰り、ジャック。 そしてようこそ、フランソワーズさん 」
「 聞こえなかったのか。 < ´ > ( ダッシュ ) 奥で謹慎していろ。 」
「 いえ ! 司令官! ひと言だけ言わせてください!
僕たちが幸せになりたいのと同じに! 他の皆だって幸せになりたいんです! 」
「 だから どうしろ、というのだ。 」
「 だから! ・・・ やっぱり共存の方法を 」
「 問題にならん。 おい、< ´ > ( ダッシュ ) をつれてゆけ。
そちらのお嬢さん。 約束ですからお仲間をお返ししよう。 」
「 え?! 」
突然 目の前の空間にジョー達の姿が現れた。
「 ジョー !! グレート! 大人 !! 無事だったのね! 」
「 ・・・ う うん ・・・ ああ ・・・ この覚醒方法は・・・気分最低だな・・ 」
「 ぅ・・・・ むむ ・・・・ 」
「 ・・・ あ いやぁ〜〜 ・・・ しんどいやないか・・・ 」
三人はふらつきつつもなんとか立ち上がった。 フランソワーズが駆け寄る。
「 皆! よかったわ!! 」
「 フランソワーズ! ・・・ あの少年は? 」
「 勿論 一緒に連れてきたわ ほら。 」
「 そうか。 おい 司令官!
割り込みは許さない、と言ったはずだ。 どうしても、というのなら! 」
「 どこまでも抵抗する、というのか。 」
「 当然だろう!! 」
「 ふ ・・・よかろう。 覚悟は出来ている、ということだな! 」
「 ― え? うわ!! な なんだ !? 」
― バ −−−− ン!!
一瞬のうちにサイボーグ達の周囲は不透明なシールドで覆われていた。
「 くそ ・・・!!! やられたか!? 」
「 ジョーはん! こんなん、ワテの火ィで穴、開けるたるで! 」
大人がずん、と前出てシュワ ・・・・と息を吸い込んだ。
「 待て! 下手して丸焼けになったら ! 」
「 ふははは・・・ サイボーグ諸君! 油断したな。 」
「 ノア? お前 〜〜〜 謀ったな! 捕虜交換とは纏めて消せ、の合図か! 」
「 ふふふ ・・・ さすがにリーダーだな、鋭いところを突く。
左様 これは時限シールド。 シールドごと諸君を異次元に放り出すこともできる。
お好みはどちらかな? ふはははは 」
≪ ・・・ 009? わたしがシールドにぶつかるから! そのショックを利用して! ≫
≪ え? おい 003 待て!! ≫
≪ だめ、今しかチャンスはないわ!! ≫
≪ バカ! 無茶なこと、するな! ≫
≪ でも! ≫
「 か 完成しました 〜〜〜 ・・・・!! 」
ドタドタドタ ・・・・ 不器用に重たい足音が聞こえてきた。
「 なんだ? 」
「 あの声は ― 技術長官 !? 」
「 ・・・ し し しれいかん どの〜〜〜 か かんせい しました 〜〜 」
足音は大きくなってきて やがて靄の中からまるっこい形状の人物が現れた。
「 技術長官。 どうした、きちんと話せ。 」
「 は はい 司令官どの。 たった今 タイム・ワープの超長期周期化、完成しました! 」
「 なんだと!? では タイム・トンネルは 」
「 はい! ほぼ100万年単位で可能となります! 」
「 そうか! では ― プロジェクト X は 」
「 はい、 移民計画に推移できます! 擦り変え計画は中止です。」
「 うむ。 では ― 移民先は 超太古。 100万年の太古へ ・・・!
そして ・・・ おお われらは 人類の祖先となる ・・・? 」
「 ノア ・・・! 」
リナは静かに司令官に近づいた。
「 ― 彼らを 解放するわ。 」
「 ・・・ ああ たのむ。 」
シュウウウ ・・・・・・・ 空間の檻は溶けるように消えた。
「 お?? これは!? 」
「 ジョー! 解放されたわ! グレート、大人 大丈夫!? 」
「 アイアイサー。 いや マドモアゼル。 我輩は無事ですぞ。 」
「 ワテもやで〜〜〜 」
「 ― どうやら トラブルは避けられるようだね。 」
ジョーは ゆっくりと司令官に近づいてゆく。
「 おめでとう。 移住先での成功を祈るよ。 」
「 ・・・ うむ ・・・ ありがとう。 こうして穏やかに別れることができてよかった。 」
「 それはぼくも同じさ。
リナさん ジャック君 ・・どうか 元気で ・・・ 」
「 ジャック、 お母さんを助けてあげるのよ! ・・・ 元気でね。 」
「 ジョーさん ・・・! フランソワーズさん! 」
「 ジョーさん フランソワーズさん。 ありがとう。
あの ひとつだけお話しておきたいことがあります。 」
「 リナさん ・・・ なんですか。 」
「 そもそも私達、私とジャックがヨコマハの街へ行った理由、お話していませんでしたわ。 」
「 ・・・ この世界を見学・・・っておっしゃいましたよね。 」
「 ええ 表向きは ね。 」
「 ??? 」
「 本当は ― 島村ジョーさん フランソワーズ・アルヌールさん。 あなた方に逢いに ・・・
いえ どんな方なのか遠くから 見てみたいって思いましたから 」
「 ぼくと フランを?? 」
「 なぜ なぜ わたしの姓名をご存知なのですか? 」
「 ジャックの遺伝子提供者が 司令官と私なのです。
そして 私達はともにあなた方、ジョーさんとフランソワーズさんの遺伝子の一部を持っているのです。 」
「 ・・・・え ・・・? 」
「 ・・・ ということは ・・・ 」
「 ほほう〜〜♪ こりゃまた・・・マドモアゼルとジョーがこのお二人さんのご先祖さまって訳かい! 」
「 ほっほ〜〜〜 ええこっちゃ♪ こりゃ ええハナシやねえ〜〜〜
ジョーはん、フランソワーズはん、 おめでとサン♪ 」
グレートと大人が側からまぜっかえす。
「 た 大人 ・・・! 」
二人は 顔を見合わせ ― 途端にソッポをむきあってしまった。
「 ふふ ・・・ ごめんなさいね、驚かせて・・・ でも私達には既定の事実なのです。
― それで 私達の遺伝子を受けたジャックは 」
「 ここからは私が話そう。 」
「 司令官? 」
「 ・・・ これは私が ・・・ その 親として話すべきことだ。
ジャックは 我々の世界では全く非常に稀な存在 − 完全体として生まれた。 」
「 完全体 ? ・・・ 欠損部が なかった、ということか? 」
「 そうだ。 それゆえ < ´ > ( ダッシュ ) と呼ばれ疎外されていた・・・ 」
「 ― そんな ・・・! 彼の責任じゃないのに! 」
フランソワーズが思わずジャックに歩み寄り彼の手を握る。
「 フランソワーズさん ・・・ 」
「 ジョーさん、フランソワーズさん ・・・ 私、今 わかった気がします。 」
リナが静かに皆の前に進み出た。
「 お二人の愛の奇跡 ― なのかもしれません。 ええ ただの思い込みですけど・・・ 」
「 ― さあ。 出発しよう! 100万年の過去、人類発生の時へ ! 」
「 ジャック ! これを ・・・ これを持っていって! 」
フランソワーズがポケットから小さな袋を取り出した。
「 ・・・? これ ・・・ いちご? 」
「 そうよ、ウチの温室の苺なの。 ジャックが好きだからお土産に・・・・って
昨日、ポケットに入れたまま・・・ ちょっと萎びちゃったけど・・・ 」
「 あ ありがとう ・・・・! 」
「 <むこう>で食べて。 」
「 ・・・ <むこう> でも 苺、作れるかもしれないよね。 」
「 がんばって・・・ 」
「 うん! ありがとう! ねえ 苺、持っていってもいいよね? ・・・ お母さん! 」
「 ええ ええ いいわよ。 ジャック ・・・ 」
リナがジャックに微笑みかける。
「 ありがとう、フランソワーズさん。
ふふふ ・・・ ひとつ、ご忠告。 アナタ、 しっかり手綱を引き締めておかないと・・・ダメよ♪ 」
「 ・・・え ? 」
「 アナタの大切なヒト ・・・ うふふ・・・ 安心なさいね、お嬢さん。
私は一晩 隣で彼の寝顔を存分に眺めていただけよ。 」
「 まあ ・・・ 」
「 我々には護身用の超小型のパラライザーを持っているの。 ソレで ね・・・ ?
彼・・・ しっかり捕まえておいてね? 」
「 は はい ・・・! 」
リナはフランソワーズの耳元にこそ・・・っと囁いた。
「 ― さようなら ジョーさん。 立派な人間になってね。 My boy ・・・ 」
「 ・・・ はい ! ( おかあさん ・・・ おかあさんはきっとこんなヒトだったんだ ) 」
「 さようなら ジャック。 ステキな男性になって。 My boy 」
「 はい! 」
< 彼ら > は 現れた時と同様に人知れず消えて行った ― いや 出発していった。
「 ・・・・ ステキなヒトたち だったわ 」
「 うん ・・・ 」
ジョーとフランソワーズは寄り添い ― やがてごく自然に唇を合わせた ・・・
***** おまけ
【 新聞記事から 】
最近発掘された人類発生の地か? と言われている遺跡から現代の苺と同じDNAを持つ果物の化石を発見!
なぜ苺が??? すべての考古学者、植物学者がアタマを抱え・・・考古学上の 謎となって残った。
古代人は苺が好きだったのだうか。
***** おまけ 2
「 おか〜〜さ〜〜〜ん いちご いちご〜〜〜 ! 」
「 はいはい・・・ ほら このボウルに入れてちょうだい、すぴかさん。 」
「 は〜〜〜い すばる! いこ! 」
「 う うん ・・・ うわあ いっぱいだね〜〜 おかあさん。 」
「 そうねえ いっぱいね。 ほら ・・・赤くて美味しそうなの、摘んでちょうだい。 」
「 うん ・・・ 」
「 おかあさん、 おかあさん〜〜 これ、 とるね! えい! 」
「 ああ すぴかさん、引っ張っちゃだめ。 そう〜っと持って ぷちん♪ 」
「 ・・・ そっか〜〜 僕 ぷちん、するね〜 すぴか。 」
「 うん すばる、やって! え〜と これとこれとこれとこれと〜〜〜 」
「 お〜い ・・・苺はどうかな〜 」
「 あ お父さん〜〜 ねえねえ いちご、いっぱい〜〜〜 」
ジョーが 温室に入ってきた。
「 うわあ・・・ 本当だねえ・・・ ウチの苺は凄いや。 」
「 ふふふ ・・・ ジョー、 子供達の監督、お願いね。 」
「 オッケ〜 さあ 二人とも〜〜 美味しそうなのを選ぼうな! 」
ジョーと双子たちは苺摘みに大騒ぎだ。
フランソワーズはにこにこ眺め ・・・ そっと呟いた。
― ねえ リナさん。 わたし ちゃんと <手綱を引き締めて> いるでしょう?
***** さいごのおまけ
その地にはかつて大きな洋館が建っていた。
かなりの間、代々仲のよい家族が住んでいたが はやり不便だったのだろう。
いつしか ・・・ 人々は去りやがて土地も売り払われた。
― そして 今。 訪れるヒトもいない海辺の台地 ・・・
そこには野いちごが 一面にその青々とした葉を広げている。
春になれば白い花をつけ やがてつやつやとした赤い実をむすぶ。
サワササワ ・・・・ 青い葉陰の実を初夏の風が撫でてゆく
愛しているよ 愛しているよ My boy ・・・・ 風がそんな歌を奏でながら
************************ Fin. **************************
Last updated
: 03,06,2012.
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********** ひと言 *********
やっと終りました ・・・・ はへ ・・・・
あのオハナシはどう弄くってみても 好きです♪
ははは < さいごのおまけ > が書きたくて延々4回書いたのかも・・・
お付き合いくださった方、 いらっしゃいましたらありがとうございました<(_
_)>
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